A Fistful of Films

一握りの映画のために...

渡瀬恒彦のこと

映画史を彩った俳優たちが次々に逝去していく。ミシェル・モルガンエマニュエル・リヴァ松方弘樹につづき、この春先には渡瀬恒彦が亡くなった。3月14日のことだ。偉大な俳優が亡くなると、いつも自宅で追悼上映をやることにしている。その足跡をいま一度辿るために。幸運なことに、ドラマのほうはいくつかテレビ局の追悼特番で見ることができた。これだけもこの俳優がどれだけ茶の間に愛されていたかがわかる。だが、わたしはドラマではなく映画のほうを再見したい。とくに東映時代のそれを。つまりは血気盛んな喧嘩屋としての渡瀬を。そこには茶の間のイメージとはおよそ異なる渡瀬が存在する。

誰もが渡瀬の活躍を知っている。彼の「刑事もの」ドラマを見たことがない人などそういないだろう。両親がひどく好んで見ていたせいか、とくに「十津川警部」はわたしにとって日常の一コマだった。あるいは高校時代に見たNHKの朝ドラ「ちりとてちん」。人情と優しさに溢れた落語の師匠役が抜群に似合っていた。より古い世代にとっての思い出は『時代屋の女房』や『南極大陸』あたりだろうか。思うに、いま共有されている渡瀬像は80年代以降のものだと思う。つまりは「穏やかさ」や「人情味」として形容されるイメージ。じっさい、新聞の死亡記事や追悼の多くはその点を指摘したものばかりだった。

そんななか、1960年代生まれの映画評論家Mによる追悼は一味ちがった。自身の映画体験に触れながら、彼は70年代東映の渡瀬についてしっかり言及している。「70年代東映こそが渡瀬なんだ!」。そんな自信と爽快さに満ちた追悼だった。一般的かつ平板なことしか書かない新聞記事とはわけがちがう。その評論家によると、東映時代の渡瀬の魅力とはその野獣ぶりにあり、それは大きく二つのタイプに分類できるという。「鉄砲玉」と「カーチェイス」である。前者が「仁義なき戦い」シリーズであることは言うまでもない。ヤクザの下っ端として鉄砲玉のように相手を殺しに行くこと。それはのちに『鉄砲玉の美学』へと結実するだろう。もう一方のカーチェイスは1976年の『狂った野獣』と『暴走パニック 大激突』によって華々しく開花する。その主題といい演出といい、この二作はほとんど兄弟分と言っていい。

「鉄砲玉」のほうはともかく、「カーチェイス」のほうは長らく見ていなかった。最後に見たのはいつだったか。恐らく忘れている箇所も多いだろう。なので、今回の追悼では「カーチェイス」屋としての渡瀬に照準を合わせたい。とりあえず『狂った野獣』と『暴走パニック 大激突』のDVDを入手した。監督はそれぞれ中島貞夫深作欣二。いずれもポスト撮影所時代の東映を支えた映画監督だ。その作風は「これぞ東映」ともいうべき出鱈目さと荒々しさに満ちている。かつて「映画界でもっともケンカの強い男」という異名をもった渡瀬恒彦。これはときに「最強伝説」などとも言われる。さて、この二作でどんな最強ぶりとカーチェイスを炸裂させるのか。これについては近いうちにブログで書く。